第630回のスポットライトリサーチは、大阪公立大学大学院工学研究科(小畠研究室)博士後期課程3年の 濱谷 将太 さんにお願いしました。
今回ご紹介するのは、新奇アザジアリールエテンに関する研究です。ジアリールエテンは、光スイッチング特性を持つ分子として知られています。ジアリールエテンの反応点の炭素原子を窒素原子に置き換えたアザジアリールエテンが従来の光スイッチング特性に加えて熱スイッチング特性を示すことを今回報告されました。反応速度論解析と理論計算によって、その反応メカニズムを解明されています。本成果は、Angew. Chem. Int. Ed. 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Aza-Diarylethenes Undergoing Both Photochemically and Thermally Reversible Electrocyclic Reactions”
Hamatani, S.; Kitagawa, D.; Kobatake, S, Angew. Chem. Int. Ed., 2024, e202414121. DOI: 10.1002/anie.202414121
研究を指導された北川大地 講師から、濱谷さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
濱谷君は学部4年生時に私たちの研究室に配属され、5年半ほど研究を共にしてきました。彼は、学部4回生時から新たな機能を持つ分子を自分自身で作ることに魅了され、昼夜を問わず研究に打ち込んできました。彼は穏やかな性格で、研究室内でも仲間たちと和気あいあいと過ごしていますが、実験に向かう姿勢からは、世界を驚かせるような新しい分子を作りたいという熱い情熱が伝わってきます。この研究テーマでは、化合物が熱によって平衡状態に達し、混ざりものになってしまうため、精製過程に苦戦していましたが、彼は粘り強く取り組んでくれました。最終的には、単結晶X線構造解析によりアザジアリールエテン着色体の構造を初めて得ることができ、この研究成果は彼の努力の賜物だと感じています。このような成果を彼と共有でき、本当に嬉しく思います。濱谷君のこれからの更なる活躍に期待しています!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、光照射によるスイッチングに加え、熱によって着色する新たなスイッチング分子を開発しました。
スイッチング分子とは、外部からの刺激によって分子の構造が変化し、それにより色や蛍光、屈折率、磁気特性などの分子特性が可逆的に切り替わる分子を指します。特に、光を外部刺激とする光スイッチング分子(フォトクロミック分子)は、外部から対象物に触れることなく特性を制御できるため、材料化学や生命科学をはじめとする多様な分野で研究されています。新たなスイッチング分子の開発は、化学反応や分子の特性について新しい知見をもたらすだけでなく、材料の設計指針や応用を生み出す重要な研究テーマだと考えています。
私が所属する研究グループでは、「ジアリールエテン」と呼ばれるフォトクロミック分子に焦点を当てて研究を進めています。ジアリールエテンは無色、着色状態の両方が室温下で熱的に安定であり、紫外光、可視光の照射によってのみ可逆的に構造が変化します。最近、我々は従来のジアリールエテンの反応点の炭素原子を窒素原子に置き換えた「アザジアリールエテン」を開発しました(図 1)[1]。アザジアリールエテンは、従来のジアリールエテンと大きく異なる性質を示したことから、その分子構造を化学修飾によって多様化することで、新たな機能や特性を発現する可能性があります。そこで、アザジアリールエテンの分子構造の多様化を進め、その特性を評価することで、さらなる機能の開拓を目指してきました。
図1. ジアリールエテンとアザジアリールエテンの分子構造
本研究では、新たなアザジアリールエテン誘導体を合成し、そのスイッチング特性を調査しました。その結果、光照射による可逆的な色の変化だけでなく、熱によってもスイッチングが起こることが確認されました(図 2、図3)。また、反応速度論解析と理論計算によって、その反応メカニズムを解明しました。さらに、アザジアリールエテンを含むポリマー溶液を染み込ませた濾紙を調製し、固体媒体中におけるデモンストレーションを行いました。図4に示すように、光または熱によって情報を書き込み、光によって情報を消去できる情報記録材料としての応用の可能性を見出しました。
図2. 本研究で合成したアザジアリールエテン誘導体
図3. 光・熱によるスイッチング挙動
図4. 固体媒体中で光・熱によるスイッチングによる書き込み/消去を行ったデモンストレーション
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究テーマは、小畠先生の何気ないひと言と、私自身の好奇心から始まりました。自分の好奇心をもとに研究を進めることができたことに、特別な思い入れがあります。研究室に配属された当初から、新しい分子を自分で作り出すことに魅力を感じ、すぐに研究に夢中になりました。そして、ある大学院の授業で小畠先生が「…熱で着色するジアリールエテンは存在しないね…」とおっしゃったことを、今でも覚えています。
その後、新しい分子を作りたいという思いが強くなる中で、「ジアリールエテンの反応点炭素原子を窒素原子に置き換えたらどうなるのだろう?」という好奇心が湧きました。そして、実際に合成したところ、上述したように、従来のジアリールエテンとは大きく異なる性質を示すことがわかりました[1]。この性質を利用することで、小畠先生がふと口にされた「熱で着色するジアリールエテン」を実現できるかもしれないと考え、この研究に着手しました。
実際に分子を設計・合成してみると、精製過程で熱によって着色する挙動が見られ、実験を進める中で非常にわくわくしました。さらに、紫外可視吸収スペクトルを測定した際、熱によって可逆的に着色する様子が確認できたときは、とても興奮したことを今でも鮮明に覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
合成後の精製操作には苦労しました。ジアリールエテンは、合成や精製の過程で実験室内の蛍光灯の光によって着色することがあります。最初は、合成したアザジアリールエテン無色体を精製する際、光が当たらないように暗室で操作を行っていましたが、精製中の溶液が徐々にオレンジ色に変わり、精製過程で熱によって着色が進むことが分かりました。さらに、このアザジアリールエテンは、着色・退色反応が可逆的に起こり、時間が経つと無色体と着色体が平衡状態に達して混ざり合ってしまいます。そのため、どちらかをきれいに単離するのに非常に苦戦しました。
この困難を乗り越えられたのは、根気と、何より実験量のおかげだと思います(笑)。できる限り迅速に、光や熱の影響を最小限に抑えながら何度も精製を繰り返しました。そして、アザジアリールエテン無色体の透明な単結晶が得られたときは、「やっと成功した」と強い達成感を感じました。また、着色体の単離にも成功し、単結晶X線構造解析によって、開環体と閉環体の両方で明確な構造を得たときには、とても感動したのを覚えています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学という学問は、人々の生活と切っても切り離せない学問だと思います。その化学によって、人々の生活を大きく支え、豊かにするような材料・製品を開発したいです。私は、研究室に配属されてから5年半、自分の好奇心・探求心を大切にしながら、研究に取り組んできたと思っています。来年からは、立場が変わりますが、自分の好奇心を大切に持ち続け、さらなる発見や革新に繋げていきたいと思います。いつか自分の研究や開発が人々の生活に役立つ日が来ることを心から願っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
普段から拝見しているChem-Stationに、自分の研究を取り上げていただき、大変光栄に思います。私は常に、自分が気になったことはとにかく試してみるという姿勢を大切にしています。うまくいかないことも多いですが、自分自身が思い立って行動した結果が形になると、たとえ遠回りであったとしても、研究が良い方向へ進むのではないかと感じています。時には先生に首を傾げられることもありますが(笑)。これからも自分の直感も大切にし、挑戦を続けていきたいです。
最後になりますが、自分の研究を取り上げていただいたChem-Stationのスタッフの皆様に心より感謝申し上げます。また、研究を進めるにあたりご指導いただいた小畠先生、北川先生をはじめ、研究室のメンバーや技術補佐員の先生方にも、この場をお借りして深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:濱谷 将太(はまたに しょうた)
所属:大阪公立大学 大学院工学研究科 物質化学生命系専攻 化学バイオ工学分野
略歴:2019年大阪市立大学工学部化学バイオ工学科卒業、2021年同大学大学院工学研究科化学生物系専攻前期博士課程修了、同年大阪公立大学大学院工学研究科物質化学生命系専攻博士後期課程入学、現在に至る。
参考文献
- S. Hamatani, D. Kitagawa, and S. Kobatake, J. Phys. Chem. Lett., 2023, 14, 8277-8280. DOI: 10.1021/acs.jpclett.3c02207
関連リンク
- 研究HP
- 原著論文
- 大阪公立大学でのプレスリリース(2024.9.9)
『-情報記録材料への応用も期待- 光や熱で制御可能なスイッチング分子を開発』 - 日本の研究.com(2024.9.9)
『-情報記録材料への応用も期待- 光や熱で制御可能なスイッチング分子を開発』 - OPTRONICS online(2024.9.10)
『公大,光や熱で制御可能なスイッチング分子を開発』